Story
きょうも、たぶんだいじょうぶ
上のほうで何かが落ちる音がした。イッカクは布をかぶったまま、しばらく動かずに待っていた。
目を覚ますと、上のほうで何かが落ちた音がした。
金属がぶつかる、乾いた音。
少し遅れて、床が小さく揺れる。
布を頭からかぶり、動かずに待つ。
さらに崩れる気配はない。
……大丈夫。
布をどかすと、薄暗い部屋に光が差し込んでいた。
この階層では、明るくなる時間を朝と呼んでいる。
体を起こすとき、天井に当たらないよう、自然と背中を丸めた。
角がある生活には、慣れている。
古いマントを引き寄せて羽織る。
縁はほつれているが、まだ使える。
立ち上がった拍子に、マントの前が少し開いた。
胸の中央に埋め込まれた丸い石が、一瞬だけ光を反射する。
緑がかった色。
それは、いつもそこにあった。
生まれたときから。
特に気にすることもなく、マントを整える。
「……今日は、あっちかな」
独り言は、誰に向けたものでもない。
外へ出ると、通路はすでに人の流れで満ちていた。
上の階層から降りてくる者。
下へ向かう者。
横穴へ消えていく者。
羽のある影、甲殻に覆われた背中、長い尻尾。
形は違っても、歩く速さは似ている。
頭上では、何層にも重なった構造物が空を隠していた。
その隙間から、時々なにかが落ちてくる。
今日は、小さな破片だった。
「おっと」
誰かが声を上げ、別の誰かが蹴り飛ばす。
そんなやり取りは、ここでは珍しくない。
流れの端を歩く。
真ん中は荷を持った者が多い。
ぶつかると痛いし、謝るのも面倒だ。
「おーい」
後ろから声がかかった。
「今日、こっち手空いてるぞ」
振り返ると、管理係が札を振っている。
「軽めでいい。運ぶだけ」
札をひらひらさせる。
ぼくは返事の代わりに、軽くうなずいて受け取った。
廃材の集積所へ向かう。
役目を終えた金属や部品が、山のように積まれている。
運ぶ。
積む。
下ろす。
それを、何度か繰り返す。
力は強くない。
角も、何かを突き刺すためのものじゃない。
それでも、休まずに動いていれば、仕事は終わる。
途中で一度、足を取られた。
金属片が崩れ、荷が傾く。
「あっ」
声を上げるより先に、横から手が伸びた。
「そっち持つよ」
ぼくは息を吐いて、荷を立て直す。
「……ありがとう」
「今日は不安定だからさ」
それだけ言って、その人は流れに戻っていった。
名前も知らない。
でも、それでいい。
日が傾くころ、仕事は終わった。
帰り道を、ゆっくり歩く。
疲れているはずなのに、足取りは軽い。
今日も、ちゃんと終われたから。
階層の隙間から、遠くの光が見えた。
上のほうだ。
あそこには、何があるのだろう。
考えたことは、何度もある。
でも、考えすぎると、眠れなくなる。
「……おい」
通路の向こうから、また声がする。
「イッカク。明日、早めにな」
ぼくは小さく手を上げた。
それで十分だと、ここでは分かってもらえる。
歩きながら、空を見上げる。
「……今日も、帰れた」
それだけで、今は十分だった。