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Story

第7話「ひかりのたまりば」

廃棄区域を抜けると、少しだけ空気が軽くなる。橋を渡った先には、手描きの札が並んでいた。

第7話「ひかりのたまりば」
エピソード
第7話
サブタイトル
橋の先で出会う、直す人たちの場所
登場キャラクター
-
関連クリーチャー
-

廃棄区域を抜けると、少しだけ空気が軽くなる。

橋を渡った先は、配線の匂いが薄い。

代わりに、熱の残りと、磨いた金属の粉の匂いが混じっていた。

通路の壁に、手描きの札がいくつも貼られている。

「きょう ひらいてます」

「なおします」

「うごきます(たぶん)」

文字が丸い。

それだけで、ここは少しやわらかく見えた。

奥から笑い声がする。

何人かが集まっている。

狭い広場みたいな場所に、箱をひっくり返した台が並び、

布の代わりに古いシートがかけられている。

上から垂れた小さなライトが、やたら明るい。

光が強すぎて、逆に安心する。

隣を歩く案内役が言う。

「ここは、たまに賑やかになります」

賑やか。

ぼくは、その言葉の意味を確かめるみたいに、もう一度心の中で言ってみた。

足音がある。

声がある。

笑い声がある。

それだけで、暗い場所でも、少し明るく感じる。

このあたりでは、それが珍しい。

通りの端に、コップを積んだ小さな屋台があった。

屋台と言っても、箱と電熱板と、鍋だけだ。

鍋から湯気が出ている。

湯気が、上の光に当たって白くひかる。

「温かいの、いる?」

売り手のひとが声をかけてくる。

片方のゴーグルが割れているのに、

そのひとは平気そうに笑っていた。

案内役が、ぼくの方を見る。

「飲みますか」

ぼくは、うなずく。

「……飲む」

それだけで、売り手は嬉しそうに鍋を混ぜた。

コップに注がれる液体は、茶色い。

匂いは、錆びた空気の中でも分かるくらい香ばしくて、

ほんの少し甘い。

「はい。落とさないでね」

ぼくは両手で受け取る。

温かい。

指先がじんわり戻る。

口をつけると、甘い。

びっくりするくらい、甘い。

案内役が言う。

「甘そうですね」

「……甘い」

言った瞬間、売り手が笑った。

「たまには、こういうのにしておくの。温かいほうがいいでしょ」

それなら、分かる。

ぼくはもう一口飲む。

体の中の冷たさが、少し溶ける。

広場の中央で、誰かが古いスピーカーを叩いている。

ドン、ドン。

音が出ない。

代わりに、その隣の小型発電機が、妙に元気に唸っている。

「そっちは違う」

近くの子が言う。

小さいけれど、目つきは作業者みたいに真剣だ。

その子はスピーカーの背面を開けて、

配線をちょいちょいと直す。

すると、急に音が出た。

ボワッ。

変な音。

けれど、みんなが笑った。

変な音でも、音は音だ。

拍手が起きる。

ぼくも、少しだけ手を叩いた。

案内役の肩が、わずかに揺れる。

笑っているのかもしれない。

売り手が、追加で小さい袋を差し出した。

「おまけ。焦げたクッキー。焦げてない部分だけ食べて」

袋の中には、黒い欠片が入っている。

ぼくは一つつまむ。

黒い側を避けて、白い側をかじる。

硬い。

甘い。

焦げの匂いがする。

「……おいしい」

売り手は、胸を張った。

「でしょ」

案内役が、小さく言う。

「焦げているのに」

ぼくは言う。

「この苦いところがあると、甘いのが分かりやすい」

売り手が、指で小さく丸を作る。

「そうそう。ちょっとだけね」

少し離れた場所で、古いホログラム看板が点いている。

文字が途切れ途切れで、

「お ま つ り」

と出た。

「まつり?」

ぼくが言うと、案内役は首を傾けた。

「祭りというほどではありません。

ですが、たまに、そう呼びます」

見上げると、天井の隙間から中層の光が漏れている。

今日は、いつもより眩しい。

だから、この下も眩しくしたくなった。

そんな日が、ここにもある。

広場の端に、小さなドローンが飛んでいた。

赤い光が、ゆっくり明滅している。

さっき橋の途中で見たものと、少し似ている。

同じかどうかは、分からない。

ドローンは、ふらふらと旋回して、急にピタッと止まる。

誰かが手を伸ばすと、逃げるみたいに上に飛ぶ。

みんなが笑う。

逃げるのが、ちょっと上手い。

案内役が言う。

「元気ですね」

ぼくは、コップを持ったまま、もう一度広場を見る。

笑い声が、まだ残っている。

音があるだけで、足が軽い。

ぼくは言う。

「……今日は、ちょっと楽しい」

案内役は、ゆっくりうなずいた。

「ええ。そういう日です」

広場の音が、背中の方で続いている。

変な音楽と、笑い声と、鍋の湯気。

ぼくはもう少しだけ、ここに居ることにした。

温かい飲み物が、まだ残っているから。