Story
第5話「したのほう」
橋の下は、少し涼しい。水の匂いと、湿った金属の気配があった。
橋の下は、少し涼しい。
上では車が流れ、人の声が途切れずに続いているのに、ここまで降りると音は丸くなる。
水の匂いと、湿った金属の気配。
ぼくは川べりに腰を下ろした。
簡単な竿を組み、糸を垂らす。
狙いは特にない。
釣れたら、それでいい。
すでに先客がいた。
甲殻に覆われた背中が、岩の向こうに見える。
「……こんばんは」
声をかけると、相手はゆっくり振り向いた。
「どうも」
大きなハサミ。
静かな目。
見覚えがある。
少しだけ間が空いて、それぞれまた前を向いた。
会話はそれで終わりだった。
水面が揺れる。
反射した光が、橋脚にゆっくりと移動していく。
糸が張る気配はない。
「今日は、あまりですね」
カニが言った。
独り言のような声だった。
「うん」
それ以上、続けなかった。
それで十分だった。
しばらくして、水の流れが少し変わった。
音が、違う。
川の中央を、何かが流れてくる。
金属の塊。
片腕が欠け、脚の一部がぶら下がっている。
「……ピ……ロ……」
壊れたドロイドだった。
断片的な声が、水音に混じる。
意味は分からない。
ぼくとカニは、同時にそれを見た。
何も言わず、ただ視線が合う。
一瞬だけ、空気が止まる。
ドロイドはそのまま流れていった。
声も、やがて聞こえなくなる。
水の音が戻る。
カニは竿を持ち直し、ぼくも糸を整えた。
さっきまでと、同じ。
「……今日は、ここまでにします」
カニが言った。
「うん」
ぼくも竿をたたむ。
橋の下を出ると、上の音が戻ってきた。
光も、風も、強い。
別れる前に、カニが軽く言った。
「また、会いましょう。」
ぼくはうなずく。
「うん。」
それぞれ、違う方向へ歩き出す。
振り返らなかった。
下のほうは、もう見えない。
でも、そこにあった時間だけは、残っていた。