Story
第9話「とびらのむこう」
扉の向こうで、影がもう一歩ぶん近づく。薄い灯りの中に、同じくらいの背丈の子が現れる。
扉の向こうで、
影がもう一歩ぶん、近づく。
薄い灯りの中に出てきたのは、
ぼくと同じくらいの背丈の子だった。
白っぽい毛におおわれた、丸みのある体。
頭の両側には、尖った耳のようなものが立っている。
口元には、短く細い毛がひろがっていた。
けれど、顔の片側には、
生きもののやわらかさとは別のものが組み込まれていた。
片目のかわりに、赤い光を宿した義眼。
そのまわりを囲うように、金属の部品が何重にも噛み合っている。
頭の横から背中へかけて、
大きな金属の装備が取り付けられていた。
細長く、重たそうで、
ひと目で武装だと分かる形をしている。
片腕も、途中から機械になっていた。
指先まで金属で組まれていて、
油と擦れた跡が残っている。
胴まわりにはベルト。
小さな端末、金具、ポーチ、
使い道のすぐには分からない部品がいくつも吊られていた。
ただ立っているだけなのに、
いろいろ自分で直してきた感じがした。
その子は、ぼくの顔を見るより先に、
ぼくの持っている包みを見た。
赤い義眼の光が、わずかに揺れる。
「……それ」
声は低くない。
でも、少しだけ掠れていた。
ぼくは荷を持ち上げる。
「届けもの」
少し近づくと、
その子は包みのほうへ顔を寄せた。
確かめるように、じっと見る。
それから、短く息を吐く。
「やっと来た」
怒っているほどではない。
でも、待っていた感じはした。
ぼくは包みを渡す。
その子は機械の腕で器用に布をほどいた。
金属の指が、妙に正確に動く。
中から出てきたのは、銀色の部品だった。
小さくて、細長く、
いくつかの継ぎ目と端子が並んでいる。
手首から先の動きを補うための部品だと、
見れば分かった。
その子は、それを見た瞬間、
片方の耳をぴくりと動かした。
安心したようにも見えるし、
やっとか、と思っているようにも見える。
「合いそう?」
と、ぼくは聞いた。
「合わないと困る」
そう言って、
少しだけ口元をゆるめた。
それで初めて、
その部品がただの機械の部品じゃないと分かった。
その子は機械の腕を持ち上げる。
手首の付け根あたり、
外装が少し開いていた。
内側には細い配線がのぞき、
ところどころに擦れた跡と、黒い焼け跡みたいなものが見える。
指の動きも、よく見ると少し鈍い。
たぶん、ずっと無理をして使っていたのだ。
「壊れてたんだ」
思わず言うと、
その子は赤い義眼のほうだけを、こちらへ向けた。
「壊れてはない」
少し間を置いて、続ける。
「壊れかけを、使ってただけ」
その言い方が、この街らしいと思った。
完全に壊れる前に捨てる場所じゃない。
壊れかけのまま、どうにか使い続ける場所。
修理台の上には、
前に使っていたらしい似た形の部品がいくつか転がっていた。
どれも少しずつ削れていて、
合わないまま無理につないだ跡が残っている。
その子は新しい部品を持ち上げ、
灯りに透かすように見た。
「これで、たぶん、ちゃんとつかめる」
「痛かった?」
聞いてから、
少し変なことを聞いたかもしれないと思った。
でも、その子は笑わなかった。
「痛いときもある」
それから、すぐに付け足す。
「でも、落とすほうが困る」
ぼくは少しだけうなずく。
それは、なんとなく分かる。
持つつもりのものを持てないのは、
たぶん、かなり困る。
その子は修理台の横へ行き、
道具を口でくわえ、機械の腕で押さえ、
慣れた手つきで手首まわりの外装を開きはじめた。
動きは滑らかだった。
自分を直すことに、もう慣れているのかもしれない。
「手伝うことある?」
そう聞くと、
返ってきたのは短い答えだった。
「そこ、灯り」
壁際の小さなランプを持ち上げる。
近づけると、接続部の傷がよく見えた。
細い線。
擦れ。
焼け跡。
使い続けた時間の跡。
その子は新しい部品を差し込み、
一度止めて、向きを直し、
もう一度、静かに押し込んだ。
かち、と小さな音がした。
それだけなのに、
部屋の空気が少し変わった気がした。
耳の奥で鳴っていた、
かすれたような機械音が消える。
代わりに、低く安定した駆動音が、
その腕の中から返ってきた。
その子は、指を一本ずつ動かす。
開く。
閉じる。
もう一度、開く。
さっきまでより、ずっと滑らかだった。
「……おお」
と、ぼくは言った。
その子は、片方の耳をぴくりと動かした。
それから、修理台の上に置いてあった小さな金具をつかむ。
持ち上げる。
落とさない。
「動く?」
「前よりは」
それで十分、という顔をしている。
ぼくはランプを元の位置に戻した。
配達は終わった。
たぶん、ここで帰っていい。
でも少しだけ、部屋を見回す。
狭い。
暗い。
部品だらけ。
それでも、ちゃんと住んでいる気配があった。
ここにも暮らしがある。
下のほうにも、街は続いている。
その子が言う。
「配給のとこに、礼を言っといて」
「うん」
「あと」
振り返る。
「次は、もう少し早いと助かる」
ぼくは少しだけ考えて、
それから言う。
「それは、言っとく」
本当に早くなるかは分からない。
でも、言うくらいならできる。
扉のほうへ戻ると、
背中のほうで、安定した駆動音が続いていた。
さっきまでの、途切れそうな音ではない。
ちゃんと動いている音だ。
階段を上りながら、
ぼくは手の中に何もないことを確かめる。
届けるものは渡した。
それだけの仕事だった。
でも、空になった手は、
来たときより少しだけ軽かった。
上のほうから、街の音が戻ってくる。
灯り。
足音。
遠い声。
明るい場所も、暗い場所も、
この街の中ではちゃんとつながっている。
直すためのものを運ぶのも、
たぶん悪くない仕事だった。