Story
第8話「とどけもの」
朝、仕事の配給者に呼ばれた。通路の角で、古い布に包まれた小さな荷を渡される。
朝、仕事の配給者に呼ばれた。
呼ばれたと言っても、名前を呼ばれたわけではない。
通路の角で、顎をしゃくるみたいにされただけだ。
近づくと、古い布に包まれた小さな荷を渡された。
重くはない。
でも、中身は硬そうだった。
「これ、届けてこい」
ぼくは、うなずく。
「街のはずれの、下のほうだ」
下のほう。
またその言い方だ、と思う。
この街では、はっきりした場所より、
そういう曖昧な言い方のほうがよく通じる。
「相手は?」
配給者は、紙片を一枚よこした。
薄い金属板に、短く印が刻まれている。
名前、なのだと思う。
ぼくはそれを見て、荷と一緒にしまった。
「壊れるなよ」
荷のことなのか、ぼくのことなのか、
分からなかった。
どちらでもいいので、何も言わずに歩き出す。
橋を渡るころには、上の光が少しだけ強くなっていた。
でも今日は、寄り道はしない。
手の中に、仕事がある。
街のにぎわうあたりを外れていくと、
足音は少しずつ減っていった。
灯りも減る。
壁に貼られた札も、途中から見なくなる。
代わりに、配線と管だけが増えていく。
壁を這い、天井から垂れ、
行き場のない蔓みたいに絡まっている。
足元は湿っていた。
水なのか、油なのか、
見ただけでは分からない薄い膜が、床にのびている。
階段をひとつ下りる。
またひとつ下りる。
下へ行くほど、音が遠くなる。
誰かの声も、金属のぶつかる音も、
少しずつ背中のほうへ離れていった。
そのかわりに、小さな機械音が聞こえる。
一定ではない音。
かすれたり、止まりかけたり、
思い出したみたいにまた動き出したりする音だった。
ぼくは足を止める。
このあたりは、住んでいる場所なのか、
物を置いている場所なのか、
ぱっと見ただけではよく分からない。
でも、ところどころに気配がある。
片づけきれていない布。
壁に寄せた容器。
新しい傷のついた扉。
誰かはいる。
見えていないだけで、ちゃんと暮らしている。
紙片を見直す。
たぶん、この先で合っている。
通路はさらに細くなり、
灯りも頼りないものだけになる。
金属の床板はところどころ沈み、
踏むたびに小さく鳴った。
奥へ進むにつれて、
さっきの機械音が少しだけはっきりしてくる。
かすれる音。
引っかかる音。
それから、静かになって、
また思い出したように動き出す音。
ぼくは荷を持ち直す。
届けるだけ。
それだけの仕事だ。
でも、行き先が見えないまま下りていくと、
荷の重さとは別のものが、少しだけ手に残る。
通路のいちばん奥、
半分だけ開いた金属扉の向こうに、
薄い灯りが見えた。
そこだけ、暗さの質が少し違う。
誰もいない暗さじゃなく、
何かが置かれ、使われ、
そのままになっている暗さだった。
壁際には工具。
箱。
巻かれたケーブル。
外したままの部品。
割れた外装。
ここからでも、それくらいは分かる。
部屋というより、
何かを置き続けた結果、たまたま住める形になった場所みたいだった。
ぼくは扉を軽く叩いた。
返事はない。
もう一度、少しだけ強く叩く。
それでも声は返ってこない。
けれど、奥で小さく金属が鳴った。
かちゃ、と乾いた音。
それから、何かが動く気配。
ぼくは扉の前で待つ。
荷はまだ手の中にある。
あたたかくも冷たくもない、
ただ硬いだけの重さ。
また、かすれた機械音がした。
さっきより近い。
灯りの中で、影がひとつ動く。
背丈のある影。
丸みのある輪郭。
頭のあたりから、まっすぐ伸びる鋭いもの。
そのあとで、
暗がりの中に、赤い光がひとつ灯った。
片目だけ、こちらを見ている。
ぼくは、荷を少しだけ持ち上げた。
扉の向こうで、
影がもう一歩ぶん、近づく。