Story
第3話「よるにすわる」
今日は、もう十分だ。廃材の山を離れ、イッカクは通路へ戻る。
今日は、もう十分だ。
廃材の山を離れ、通路へ戻る。
最後にひとつ、使えそうな部品を見つけた。
足元に気をつけて歩いていると、横から影が伸びた。
同時だった。
手を伸ばした先に、別の爪がかかる。
「……あ」
短い声が、重なった。
相手は、甲殻に覆われた体をしていた。
大きなハサミ。
足取りは重そうなのに、動きは静かだ。
一瞬、互いに止まる。
先に手を離したのは、向こうだった。
「どうぞ」
声は低いが、やわらかい。
イッカクは軽く頭を下げ、部品を引き寄せた。
「ありがとう」
「使えそうですか」
問いかけは、確認というより雑談に近い。
「たぶん」
「それなら」
それだけ言って、相手は別の方向へ向かおうとする。
そのとき、上から金属音がした。
反射的に、二人とも足を止める。
小さな破片が、間を抜けて落ちた。
「……よくある」
「うん」
沈黙が、少しだけ続く。
気まずさはない。
ただ、次にどうするか分からない間だ。
「このあと、ご予定ありますか」
甲殻の相手が言った。
誘いというほど強くはない。
断られても構わない、そんな声だった。
イッカクは少し考えて、首を振る。
それで、決まった。
店は、通路の脇にある。
明るすぎず、暗すぎず。
何種族かが、思い思いに座っている。
カウンターに並ぶ。
甲殻の相手は、泡の立つ飲み物を頼んだ。
イッカクは、白い飲み物。
甘くて、少し温かい。
グラスを持ち上げる。
「……いい一日でした」
向こうが言う。
「うん」
短く答える。
飲み物を口に含む。
悪くない。
しばらく、言葉はない。
周囲の音だけが、静かに流れていく。
「ここ、よく来るんです」
甲殻の相手が言う。
「ぼくも、たまに」
そう答えると、相手は小さくうなずいた。
それ以上、無理に話そうとはしない。
色々知っていそうなのに、踏み込んでこない。
今この瞬間の空気を、壊さない距離感。
グラスが空になる。
席を立つ前に、甲殻の相手が言った。
「また会えますね」
軽い調子で。
約束でも、予言でもなく。
イッカクは、小さくうなずく。
「うん。きっと」
外に出ると、夜の通路は静かだった。
別々の方向へ歩き出す。
振り返ることはない。
でも、不思議と、もう一度会う気がしていた。
今日は、そんな夜だった。